12月29日武蔵小杉の某居酒屋。
先輩が経営するお店です。
すでに平間にもあって最近新丸子にもオープンしたって。
この日も繁盛していました。
ここで中学時代からの親友と18時過ぎから飲み会。
いつもは名古屋から参加するやつもいるのだが、さすがにこの日は欠席。
お隣の幸区から来てくれる学校の先生も冬休みだからかどうかは知らないけどお休み。
オーナー店長とスーパーボウルの話で盛り上がったりしたけど、さすがに疲れがたまっていたのか22時すぎにはかなり眠くなってしまう始末...
それはもう古来からの親友なんでそのあたりは正直に。
そしたら、だったら明日早起きしてバイクででかけよう、との提案。
え?ちょっと待て!
なんで日本滞在最終日から2日目に早起きをしないとならないのか?
しかも昼間からどこ行くの?
そしてなにより...なんでこのくそ寒いのにバイク?
いっぱい???はあったもの...早く眠りたい、というのもあって、しぶしぶオッケー。
なぜか...千葉か城ヶ島だな?と...
なんでやねん?
城ヶ島のほうがなんとなく近そうだったのと、帰りに横須賀で風呂に行こうというのにすっごく魅力を感じてそっちに。
あと、昔よく通った東名川崎インター近くのピザ屋に最後に行こう!みたいな。
とにかく...
翌朝私が寝坊したため、結局7時半に出発。
彼の運転、私はうしろ。
今は二人乗りでも高速に入れるようになったと。
第三京浜、横浜新道、横横と抜けて三浦半島へ。
最初はなんとかなったけど、第三京浜で冷え切った。
到着間近でコンビニによってあったかいコーヒー&ほっかいろ。
その後車の渋滞(たぶん正月の買出しを三崎でという人々)を横目に難なく城ヶ島に到着。
学生時代一緒に来たよね~、というのだが、あまりよく覚えていない。
暗い中岩浜に来たような不確かな記憶。
あたりを少し散策していると、海のすぐ近くに旅館・飯屋があって、そこに露天風呂があると書いてあった。
早速そこの人に聞いてみると、外からの客は10時半からなら風呂に入れるという。
時計を見ると9時半。
さらに1時間かけて周辺を歩いた。
それは前にはおそらく来たことのないようなところでした。
でも...12歳かそこらからかれこれ48年くらい知っている親友と一緒にこんなことやっていると、なんかとても楽しい気分になった。
「旧友とぶらりと歩く城ヶ島」
なんて...しょうもない一句を詠んだりして...
一緒に風呂入って、飯食って...
実家に午後3時前には戻ってきたけど...
(結局ピザ屋はやっていないだろうということで行かなかった)
これからこうやって旧知の友人たちとどっかに行くのもいいな、と思った。
そう言えば中学時代、今名古屋に住むやつの別荘が伊豆にあって、今回のバイク野郎と前日来なかった幸区の親友と4人だけで泊まりに行って遊んだことがあるな、って。
今から思えば、よく中1とか中2でそんなことやったな、と。
ワイルドな時代だったな。1973年あたり...
2012/01/06
2010/07/04
実家近くの公園
2010/01/04
小学校時代の思い出...
朝、きょう会うことになっている小学校時代の友人からメールが入り、お昼ごろこちらに着いて、うちの実家近くのファミレスでみんなで食事をして、そのあと自分だけ残るのでそこに来ないか、とのお誘い。
11時に銀行との約束があって、本来「銀行→日吉(買い物、昼食)→実家戻り」という流れを考えていたのですが、それだと日吉が中途半端になっちゃう気がして予定変更。
とりあえず銀行に行って、その後近くで食事して、実家に戻る流れでその友人からの連絡を待つ、ということにしました。
まず失敗したのが銀行で、少々早めに着いてしまったのに加えて、予想以上に早く話が終わってしまい...
狙っていたつけ麺屋の「あびすけ」はそこから遠くないので、12時前の入店に。
朝食後まだそれほど時間が経っていなかっただけに、少々苦しい昼食となってしまいました...w
その後本屋に寄ってみたいという誘惑を振り切って、100円ショップへ。
でもいまいち自分が求めているものがみつからず...
スーパーでもう少し食料も買いたかったけど、あとどのくらい荷物に入るか正確なところをつかんでいなかったため、弱気になってしまいそこもスルー。
結局13時前には一度実家に戻る羽目に...
でもまもなくメールが入り、13時半という時間指定。
まだ日吉に行くという課題を残していたので、15時くらいの終了を望んでいたけど、やっぱり話し始めると止まらない...w
結局16時半になってしまい、先方も娘たちから何やっているのか?と怒られるほどに...
具体的にいろいろななつかしい人たちの名前が出たので、いつもとは違うルートで日吉まで徒歩。
名前が出た人たちが住んでいたあたりを通って、いろいろなことを思い出していました。
写真は、そんな場所から見える風景です。
このあたりって多摩丘陵の一部だから「山」が多いんです。
もちろんむしろ「丘」っていうほうが適当なサイズですけどね。
あっちの山にはだれがいた、こっちの山にはあの人が...なんてず~っと話していました。
日吉も買い物はほとんど空振りで...
18時前に実家に戻らないと、ってあせりもあって...
結果的に、ユニクロへの返品がメインの用事でした。
夕食は、弟のやさしい奥さんが心を込めて作ってくれました。
さあ、荷造りしないと...w
2009/11/12
マーラー自筆譜ファクシミリ
マーラーの「復活」の自筆譜ファクシミリを知り合いが貸してくれました。
いや、もしかしたら戴いたのかも?ちょっとはっきりしないんだよねえ...w
おそらく借りたんだと思いますw

有名なKaplanさんの基金による出版です。
1000部限定ということで、通し番号が記入されています↓

かなり驚いたのは、大植英次氏と小松長正氏のサインが入っていること↓

貸してくれた方は、これを当時バッファロー・フィルの常任だったセミヨン・ビシュコフ氏(アメリカ人はどちらかと言うとビチコフと発音しますが...)からもらったものだ、と言うのですが、スコアのどこにも彼のサインは見当たらず...
当時大植氏と小松氏はお二人とも同フィルの副指揮者だったのです。
そして私はバッファローに住んでおり、小松氏とは個人的にも交流がありました。
なので、お二人のサイン入りスコアが私の手元に今ある、というのはかなりのレベルで不思議なできごとなのです。
これを貸していただくきっかけとなったのは、私がバッファローに住んでいるときに、ビシュコフ氏指揮の復活を聴いてかなり感動した、ということでした。
1987年のことですねえ。
ジェシー・ノーマンがソプラノでした。
後に、小沢氏の指揮でボストン響の復活も聴いておりますが、後者はタングルウッドだった、ということもあってか、ビシュコフ氏の復活のほうがはるかに印象が濃いのです。
当時、あまりバッファロー・フィルに期待していなかった、ってこともあったかもしれません。
スコアのあちこちに青鉛筆で書き込みが入っていますが、これはだれが書き込んだものでしょうか?
所有者に聞いたら、きっとビシュコフ氏だ、と言うでしょうね。

でももしビシュコフ氏がこれをあのときの復活の演奏準備に使ったのだったら...
すっごいことですね!
22年の時を越えて...みたいな...w
もうちょっと突っ込んで所有者に聞いてみようかな?
装丁も素敵です。
色も金で入れられたマーラーの顔も
この絵って有名ですよね?
だれの作品でしたっけ?




いや、もしかしたら戴いたのかも?ちょっとはっきりしないんだよねえ...w
おそらく借りたんだと思いますw
有名なKaplanさんの基金による出版です。
1000部限定ということで、通し番号が記入されています↓
かなり驚いたのは、大植英次氏と小松長正氏のサインが入っていること↓
貸してくれた方は、これを当時バッファロー・フィルの常任だったセミヨン・ビシュコフ氏(アメリカ人はどちらかと言うとビチコフと発音しますが...)からもらったものだ、と言うのですが、スコアのどこにも彼のサインは見当たらず...
当時大植氏と小松氏はお二人とも同フィルの副指揮者だったのです。
そして私はバッファローに住んでおり、小松氏とは個人的にも交流がありました。
なので、お二人のサイン入りスコアが私の手元に今ある、というのはかなりのレベルで不思議なできごとなのです。
これを貸していただくきっかけとなったのは、私がバッファローに住んでいるときに、ビシュコフ氏指揮の復活を聴いてかなり感動した、ということでした。
1987年のことですねえ。
ジェシー・ノーマンがソプラノでした。
後に、小沢氏の指揮でボストン響の復活も聴いておりますが、後者はタングルウッドだった、ということもあってか、ビシュコフ氏の復活のほうがはるかに印象が濃いのです。
当時、あまりバッファロー・フィルに期待していなかった、ってこともあったかもしれません。
スコアのあちこちに青鉛筆で書き込みが入っていますが、これはだれが書き込んだものでしょうか?
所有者に聞いたら、きっとビシュコフ氏だ、と言うでしょうね。
でももしビシュコフ氏がこれをあのときの復活の演奏準備に使ったのだったら...
すっごいことですね!
22年の時を越えて...みたいな...w
もうちょっと突っ込んで所有者に聞いてみようかな?
装丁も素敵です。
色も金で入れられたマーラーの顔も
この絵って有名ですよね?
だれの作品でしたっけ?
2009/05/29
空想の旅
先週のJUNKで、爆笑問題の二人が、タモリさんが時刻表などを使って、よく空想で旅をしている、と話していたけど、う~ん、それってオレもよくやっているよw
最近では、紀伊半島一周など...記憶に新しいところですw
夢にまで出てきたっけ...w
それで思い出したんだけど...
Elmoさんって、タモさんに似ていますね、と言っていた人がいた。
見た目が似ているわけじゃないし、話し方が似ているわけじゃないし...
言われたときには、自分もまわりも、かなり???って感じだったんだけど...
なるほど、そういうことだったのね、と彼女の深い洞察に改めて敬意を払う次第です。
そんなんで、いきなりですが...
今旅をしたい、行きたい場所(空想じゃなくて)ベスト3ってことで...


最近では、紀伊半島一周など...記憶に新しいところですw
夢にまで出てきたっけ...w
それで思い出したんだけど...
Elmoさんって、タモさんに似ていますね、と言っていた人がいた。
見た目が似ているわけじゃないし、話し方が似ているわけじゃないし...
言われたときには、自分もまわりも、かなり???って感じだったんだけど...
なるほど、そういうことだったのね、と彼女の深い洞察に改めて敬意を払う次第です。
そんなんで、いきなりですが...
今旅をしたい、行きたい場所(空想じゃなくて)ベスト3ってことで...
- プリンスエドワード島
実際にカナダのフェアファックスで車を借りて、行ったことあるし、しかもだいたい島全体もまわった経験もあるんだけど、また行ってみたい。 - 佐賀県有田町周辺
前からブログ読んでいる人にはわかると思うけど... - バーモント州マールボロ
マールボロ音楽祭ですよ。
2009/05/07
出張中止ほぼ確実
二重構造と言いますか...複雑な事情もあり、理論と実践はかならずしも一致しないようなものなのです...w
う~、わかりにく~...^^;
要するにですね、理論的に出張は間違いなくないな、となっても、実際のところまだ具体的に決定していないということなのですが...
昨日までは勝手に、6月出張論みたいなものを上司にも語っていたのですが、どうやらそれもなくなりそう。
7月はちょっとあり得ないので...
議論としては、出張がない、会議がない、という中で、どのような方法でそれを補うのか?
書面だけでいいのか?電話会議でもやるのか?とまあそんなことですよ。
今私の目は国内に向いていますw
日本出張がないなら、国内を旅してやろうじゃないか!みたいな。
それがきのうのマールボロ音楽祭にもつながるわけですが...
それとは別に、ハーバードの卒業式が6月初めにあります。
知り合いが3人卒業するから行こうかな?とも考えています。
そしてその後周辺をドライブ...みたいな。
でもまだマールボロ音楽祭やっていないなあ。
NYの友人たちにも会いたいけど、田舎に行きたい気分なんですよねえ。
う~ん、またプリンス・エドワード島に行きたいなあ。

う~、わかりにく~...^^;
要するにですね、理論的に出張は間違いなくないな、となっても、実際のところまだ具体的に決定していないということなのですが...
昨日までは勝手に、6月出張論みたいなものを上司にも語っていたのですが、どうやらそれもなくなりそう。
7月はちょっとあり得ないので...
議論としては、出張がない、会議がない、という中で、どのような方法でそれを補うのか?
書面だけでいいのか?電話会議でもやるのか?とまあそんなことですよ。
今私の目は国内に向いていますw
日本出張がないなら、国内を旅してやろうじゃないか!みたいな。
それがきのうのマールボロ音楽祭にもつながるわけですが...
それとは別に、ハーバードの卒業式が6月初めにあります。
知り合いが3人卒業するから行こうかな?とも考えています。
そしてその後周辺をドライブ...みたいな。
でもまだマールボロ音楽祭やっていないなあ。
NYの友人たちにも会いたいけど、田舎に行きたい気分なんですよねえ。
う~ん、またプリンス・エドワード島に行きたいなあ。
2009/05/06
マールボロ音楽祭
もし夏の日本出張が完全になくなったら...
どこにも行かないのってどうなのよ?って感じもあり、じゃあ国内旅行でもするかな?みたいな気持ちがちょっとだけ...
ただ飛行機に乗るのはちょっとこわいかも、って気持ちもあって...
だってやっぱりかなりの密室だから...w
Buffaloに住んでいたころ、毎夏友人たちと音楽祭に行っていて...
初めはボストン交響楽団のタングルウッドだったんだけど、毎年のようにチケットが値上がっていくのに嫌気がさして、だったらカザルスで有名なマールボロに行ってみようってことになって。
タングルウッドはマサチューセッツで、マールボロはバーモントということで州は違うけど結構近いんで、ニューヨーク、ボストンから来る友人たちにとってもそんなに大きな影響なし、ってことで。
そんなんで西海岸に引っ越してからも、最初のうちは行ってたんですよ。
マールボロは、プロや上級奏者対象の室内楽サマースクールで、全世界から集まってきます。
音楽祭は、その人たちによる発表会だから、それはそれはレベルが高いわけでして。
なのに会場は、日本で言うところの小学校の体育館みたいな感じで。
しかもサイドは開けて、外にも席を作ったりして。
回りは夜は完全に真っ暗になるような森?なので、雑音とか騒音は問題ないんですけどね。
一度、雨がすごいコンサートがあって、楽章の間は、ザーっていう雨音なわけですよ。
でも、それが逆になんかとってもよかった。
そんなんで思い出話は尽きないわけですけど、今年復活できたらいいな~。

どこにも行かないのってどうなのよ?って感じもあり、じゃあ国内旅行でもするかな?みたいな気持ちがちょっとだけ...
ただ飛行機に乗るのはちょっとこわいかも、って気持ちもあって...
だってやっぱりかなりの密室だから...w
Buffaloに住んでいたころ、毎夏友人たちと音楽祭に行っていて...
初めはボストン交響楽団のタングルウッドだったんだけど、毎年のようにチケットが値上がっていくのに嫌気がさして、だったらカザルスで有名なマールボロに行ってみようってことになって。
タングルウッドはマサチューセッツで、マールボロはバーモントということで州は違うけど結構近いんで、ニューヨーク、ボストンから来る友人たちにとってもそんなに大きな影響なし、ってことで。
そんなんで西海岸に引っ越してからも、最初のうちは行ってたんですよ。
マールボロは、プロや上級奏者対象の室内楽サマースクールで、全世界から集まってきます。
音楽祭は、その人たちによる発表会だから、それはそれはレベルが高いわけでして。
なのに会場は、日本で言うところの小学校の体育館みたいな感じで。
しかもサイドは開けて、外にも席を作ったりして。
回りは夜は完全に真っ暗になるような森?なので、雑音とか騒音は問題ないんですけどね。
一度、雨がすごいコンサートがあって、楽章の間は、ザーっていう雨音なわけですよ。
でも、それが逆になんかとってもよかった。
そんなんで思い出話は尽きないわけですけど、今年復活できたらいいな~。
2009/02/12
初台
川崎の伊勢台と言われるところに家を建て、そこに両親とともに引っ越したのが3歳のとき。

それまで住んでいた中目黒駅近くの青葉台のアパートを出て、一時的に短期間(と言ってもどのぐらいだったのだろう?3ヶ月から6ヶ月?)住んだのが初台。
青葉台→初台→伊勢台...って...
オヤジ、狙ったかな?w
初台のいったいどこだったのでしょうか?
そんなことはわからないのだけど、この初台から川崎に引っ越したときの様子は詳細までしっかり覚えています。
大学生くらいのときだったかそんなことを今は亡き母に話したら、かなり驚いていました。
そんな初台が、日本に出向した1999年からとっても近い存在になりました。
ひとつにはオペラシティビルの存在ですねえ。
先輩がリサイタルやることもあったし、コンサートにも足を運んだし...
今はない飲食店の中にお気に入りもあったし。
夫婦で行ったり、子供たちと行ったり、友人たちと行ったり...
娘たちを初めてオトナのバーに連れて行ったのもあそこだったような...
長女がめちゃくちゃ騒いだので、お店にかなり迷惑をかけましたが...^^;
あの子はそういうノリなんですよねえ。最近はだいぶ落ち着いたけど。
次女にはまったくそういうところがない...
どっちがどちらに似たのかな?w
明らかすぎるから、あえて言わないことにしましょうw
オペラシティビルの中には、日本弦楽器という素敵なお店もあります。
ふら~っと立ち寄っただけでもとってもやさしくしてくださいます。
真鍮製のエンドピンストッパーとウルフキラーはここで買いました。
当時、初台が好きになったもうひとつの理由は、アメリカから移り住んで、人ごみがすっごく苦手だったので、新宿では生きた心地のしなかったこと。
だれかと会うときはほとんど必ず初台でした。
初台までたどり着けそうにない人とは新宿で待ち合わせて電車やタクシーで引っ張ってきていました。
アメリカに戻ってくる2001年までそんな感じだったけど、最近はそのころほど使わなくなりました。
ただ今でもどきどき実家に戻ったときなど渋谷経由でバスで行ったりしています。
オペラシティ以外にも商店街だったり、デニーズwを使うこともあるし...
そうそう、滞在先の新宿の京王プラザホテルから歩いて行くこともありますね。
中目黒とは山手通りでつながっているのがなんか不思議...
2008/11/15
目黒区青葉台
私が生まれたときに両親が住んでいた場所。

川崎に家を建ててそこに引っ越したのが私が3歳のとき。
その前に一時的に初台に住んでいるから、当然だけど青葉台での記憶はない。
なのに…今でも青葉台周辺を歩くと不思議な郷愁にかられる…
あと…つい行きたいどうしようもない欲求に襲われる。
中目黒駅から目黒川に出て、川沿いを青葉台に向かって歩いていくと…
不思議と落ち着く。
今そこからさほど遠くない池尻大橋に、しかも目黒川沿いに次女が住んでいるのも不思議。
たまたま寮があるから、というのがそこに住んでいる理由。
でもそんなんで二人で一緒に目黒川沿いを散歩したりもするようになった。
よく行くお店もいくつかできた。
3代続けて思い出の場所となっていくのだろうか…
2008/11/12
ラグナビーチ
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